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phoque's word

鶴は千年、亀は万年、シーラカンスは二億年。

都会で育った話。

私は生まれも育ちも秋葉原です。本籍地は千代田区だし。

生まれた町は、千代田区神田和泉町というところ。家の前の道路が千代田区と台東区の区境になっていて、近所には凸版印刷とか東京書籍とかの本社?がありました。三井厚生病院(現在は三井記念病院という名前)で生まれたのですが、父もこの病院で生まれたらしいです。

小学校は、現在和泉小学校がある位置にあった佐久間小学校。ここは「関東大震災のとき焼け残った」ことが記録にものこっていて学校の誇りになっていたのだけど、生徒減少で統廃合し、校名は残っていません。私が在籍していた40年前頃に創立70周年だったというそれなりに歴史のある学校だったんですが。

中学校は、外神田6丁目にある練成中学校。ここも今は統廃合でなくなって、私が卒業してすぐに新築された校舎は、現在は3331 Art Chiyodaとかいう芸術活動の場になってます。

高校は慶応大学のそばにある某都立高校ですがそれはおいといて。

都会で育つと、遊ぶ場所がないとか日常の買い物が不便だとか、そういうのをちょっと読んだので気になったのだけど、自分に関しては、それはなかったですね。

千代田区でも台東区に近い側というわけで、下町的な雰囲気がまだ残っていて、たとえば鳥越のおかず横丁(なんて呼び方は当時はしてなかったけど)も徒歩圏だったし、アメ横にもちょくちょく行っていたし。

遊ぶ場所も、そもそも町自体が遊び場というか、神田の書店街とか楽器やさんとか、ひたすら中央通りを歩いて銀座までとか、後楽園のまわり(今は東京ドームシティっていうの?)へんをうろついたりとかしていたし。上野の美術館も、北の丸公園も、昔国技館があった蔵前も橋わたってすぐの両国あたりも、基本的には徒歩圏でした。

新宿あたりで遊んでいて終電なくなっても、最悪歩いて帰ればいいや、的な感じだったし。

 

最近、なんで昔ほど歩かないんだろうな、と思って考えたのですが、そもそも「歩いても別におもしろいところがない」っていうのと、仮に歩いて行って「疲れたから帰りは電車」っていうのができないから、なんだろうな、と。

 

だからなんだっつー話ですが。